2010年02月01日

「電話してくれるのはこの病院だけだよ」

看護現場からの発信

西区病院看護スタッフ

A氏(67歳・男性)は07年5月、他院で胃癌と診断され手術をすすめられていました。 尋常性乾癬でプレドニンを内服していましたが、薬の減量がなかなか進まず、その後治療を中断していました。09年6月に全身倦怠感と右季肋部痛の症状があり、同じ病院に受診したときには、肝転移の末期状態でした。妻のかかりつけであった西区病院に通院希望され、7月に来院しました。

受診後に、2年目め看護師より、気になる患者さんがいるとのことでカンファレンスにかかり、看護歴35年目の看護師がプライマリーナースとなり、参加型看護計画を提示することになりました。

当初は参加型看護計画について、「心配してくれるのはうれしいが、あまりわずらわしいのは好きじゃない」と拒否反応もみられました。病気についても「あとは死ぬだけだ。自分のことが自分でできなくなったり、立てなくなったら入院を考えている。妻には迷惑をかけたくない」と語り、奥さんも、「本人が決めていることなので、したいようにさせてやりたい」と話していました。しだいに痛みも増し、麻薬を増量する中、入院をすすめられても「まだ、自宅で頑張りたい」と訪問看護や往診も拒否されました。私たちは毎日電話で状況を確認し、あきらめずにかかわりました。

A氏から「痛みが楽になったよ。これから山歩きでもしたい気分だ。気にかけてくれてとてもうれしいよ。電話してくれるのはこの病院だけだよ」と話してくれました。しかしその4日後には立ち上がりも困難、意識もうろうとなりました。さらに4日後、家族の説得で入院を決めた翌日の朝、自宅で永眠されました。

その後外来で、初めての家族訪問に行きました。奥さんからこれまでのA氏の生活や最後まで気丈にがんばった様子をうかがいました。予後も厳しいといわれた後は、疎遠になっていた息子さんとの時間をもつことができ喜んでいたことや、最後まで自分でトイレに行くことにこだわり、トイレの外で力尽きたことを知りました。その中でA氏が最後に奥さんに送った「二人の楽しい時間をたくさん作ってくれて感謝している」という愛情のこもったメールを見せていただき、みんなで涙しました。奥さんは「夫は西区病院に来てよかったと言っていました。だから私の言ったとおりでしょと話したの」と教えてくれました。

終末期の患者・家族の揺れ動く思いに寄り添うということは、私たちのあきらめずにかかわる看護実践なのだと確信しました。また、参加型看護計画の実践は外来でも、患者・家族が安心して思いを伝える信頼関係を築くことにつながると、確信を深めることができました。(西医病院 看護師 遠藤 絹子)

(勤医協新聞2010年1月11日号より)
posted by kin-ikyo at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 看護現場からの発信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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