2009年08月26日

関節リウマチと食事

「関節リウマチと食事」について小嶋奈津枝(勤医協中央病院栄養部管理栄養士)が2回に分けてお話します。

81.3MHzFMさっぽろ村ラジオ「健康と医療の広場」2009年8月26日放送。3.63MB(7:55)

81.3MHzFMさっぽろ村ラジオ「健康と医療の広場」2009年9月2日放送。4.57MB(9:58)

2009年08月14日

外来でも患者さんに寄り添って

看護現場からの発信
勤医協伏古10条クリニック看護スタッフ

Aさん (50代・男性) は検診で胃がんが見つかった時には、すでに肝臓に転移があり、手術もできない状態でした。放射線療法や化学療法が開始され、この3年間は入退院を繰り返しながら治療を続けてきました。

2007年Aさんが外来で化学療法を始めた当初は、表情も暗く、質問にも 「変わりない」 と答えるだけで、自分から語ることは少ない患者さんでした。カンファレンスでは化学療法の副作用の観察と苦痛症状の緩和、来院時には話をよく聞くことを確認し、チームで意識的にかかわってきました。やがて、これまで視線もほとんど合わせてくれなかったAさんが、化学療法の辛さや病気の見通しがもてずに気分が落ち込んでしまうことなどを少しずつ話してくれるようになってきました。Aさんが一番心を開いていた看護師をプライマリーナースに決め、中心的にかかわるようにしました。患者参加型看護計画にも取り組み 「苦痛なく外来での化学療法が継続できる」を目標に、具体的な計画を開示し、評価もともに行っていきました。Aさんは 「自分のためにここまで考えてくれて、とても嬉しい」と、表情や言動にも変化が現れ、治療にも前向きになっていきました。

来院時には、プライマリートースが副作用症状を細かく観察し、医師との連携で内服薬の調整を行うなど苦痛緩和を図り、表情が暗い時には時期を逃がさず話を聞くようにしました。また経済的負担軽減のために事務と連携し、障害年金の申請を行いました。

Aさんはしだいに病気のことだけではなく、30代で会社を興し、家族のために必死に働いてきたこと、娘の影響で50歳になってからバイクの免許を取得しツーリングが楽しみだったことなどを語り、病気のためにバイクを手放した今もヘルメットとライダースーツだけは大切にとってあると、ライダー姿の写真を照れながら見せてくれました。面談の中でAさんは、プライマリーナースの存在が安心感につながったこと、外来看護師がいつも温かく声をかけてくれたことが何より自分の自然治癒力になっていると話してくれました。

10条クリニックでは、この2年間で76例の患者さんにプライマリーナースを決め、患者参加型看護計画にも取り組んできました。在院日数の短縮にともない、以前ならまだ入院していたような重症患者さんや、仕事や生活の厳しさから治療継続に困難をきたしている患者さんも増えており、外来看護師に求められる役割はますます大きくなっています。患者さんとかかわる時間を十分に持つことのできない外来ですが、生活している人として患者さんを理解しその人生に寄り添いながら、少しでも安心して療養していただけるようとりくんでいきたいと思います。(伏古10条クリニック 看護師 宮田美和子)

(勤医協新聞2009年8月11日号より)
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2009年08月12日

反核平和自転車リレー

「反核平和自転車リレー」について吉田陽介(勤医協中央病院医療福祉課係長)が2回にわたってお話します。
81.3MHzFMさっぽろ村ラジオ「健康と医療の広場」2009年8月12日放送。3.50MB(07:39)

81.3MHzFMさっぽろ村ラジオ「健康と医療の広場」2009年8月19日放送。3.75MB(08:11)

2009年08月11日

field-note 北の自然 ネジバナ

Field-note237ネジバナ

ランの花というと皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。高尚、華麗、高嶺の花、などでしょうか。そんなイメージとは全くもって無縁なのが、写真のネジバナです。ピンク色の小さな花をらせん状につけたネジバナは、公園や道ばた、草っばらなどに生えている、気取らない庶民派のランの仲間です。

一見ランの仲間には見えないかもしれませんが、小さな花に近づいてよく見ると、実はカトレアにそっくり。その花の奥には花粉が詰まっていて、運び屋はこれまた小さな小さなハチの仲間。うまく受粉すると長さ6mmほどの実がなるのですが、その中に詰まっている種子は、なんと数十万個というから驚きです。

風に乗って飛び散った種子は、栄養分を持っていないため地面に落ちても発芽することができません。そこでラン菌の助けを借り、栄養をもらって大きくなるのですが、光合成ができるようになるともう用済みとばかりに分解、吸収してしまうのです。ラン菌は、尽くした彼女に捨てられる可哀想な彼氏といったところでしょうか。誰ですか、まるで自分のようだと言っている人は。

北海道民医連新聞2009年8月6日号より
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新刊紹介 われら青春の時 佐藤貴美子著

われら青春の時
民医連草創期のロマン

1953年9月、名古屋市南部の農村地帯に民主診療所が産声を上げました。新卒女医 「わ子さん」 がこの小説の主人公です。本名伊藤和子さん。戦後の激動期、いのちの平等と平和を求めてまっすぐに立ち向かう姿が生きいき描かれています。弾圧で逮捕された仲間、セツルメント活動を通じて知った「いのち」の重み。ごく普通の女性医師がなぜあばら家に住みこんで民主診療所の初代所長になったのか? 診療所に寄せる地域の人々の信頼はなぜ生まれたのか? 迷い悩みながらあるべき姿を追い続けた民医連の先輩たちの息づかいが伝わります。

同じころ、北海道勤医協は全道各地に14診療所を立ち上げ、医師不足と経営難で塗炭の苦しみを味わっていましたが、やがて 「不死鳥」 のようによみがえります。そこでも平和を求める道民の運動と結びついた先輩たちの活動、北大・札医大の学生たちのセツルメント活動がありました。

民医連綱領の改定が提起されています。60年も前の草創期の精神が、歴史の検証に耐えて輝きを増しています。当時の「青春」「ロマン」 に触れることは、きっとみなさんの民医連人生を豊かにするでしょう。(S)(新日本出版社・2000円+税)

北海道民医連新聞2009年8月6日号より
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Field-note 北の自然 ヤナギラン

field-note236ヤナギラン

夏を代表する花のひとつ、ヤナギラン。ヤナギにそっくりな葉と、ランに似た花を咲かせることから名がつけられたアカバナ科の植物です。英名では「「火の雑草」(Fireweed) と呼ばれていますが、これは山火事や山を切り開いた跡などに真っ先に根を下ろすためです。ここ北海道でも、開けた草地やスキー場の斜面などでよく見かけます。背丈が1.5メートルと高く、下から順に咲く濃いピンク色の花はとても華やか。1本でも十分に見応えがありますが、この花は横に根を張る性質のため、しばしば大群落になり草原一面をピンク色に染め上げます。私が一番好きなのは、ここに薄霧が立ちこめたときです。シルクのような白い霧の中で、さわさわと揺れるヤナギランの姿はとても幻想的です。そして、もし、大群落を見つけたときは再び秋に訪れてみてください。花後につくサヤの中からはじけ出る銀白色の綿毛が、雲海のような光景を作り上げているはずです。

北海道民医連新聞2008年7月23日号より

タグ:ヤナギラン
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新刊紹介 どんとこい、貧困! 湯浅 誠著

どんとこい、貧困!
自己責任論よさらば

「努力しないのが悪い」「死ぬ気でがんばれ」「かわいそうだけど仕方ない」と「自己責任論」で責め立てられているのは大人だけではありません。本書は読者を中学生以上に想定し、貧困とは何か、どうすれば解決できるのかを、極めて説得的に提示しています。

例えばイス取りゲーム。イスに座れないのは本人の努力がたりないからではなく、みんなが座る分だけイスを用意していないから。貧困も同じこと。正規労働者をどんどん減らせば、イスに座れず、低賃金で働かされる非正規労働者が増えるのは当たり前。分かりやすいですね。

タイトルの「どんとこい」は歓迎ではなく、「貧困から逃げずに立ち向かえる社会を作ろう」 というメッセージが込められています。

大企業が「『国際競争に勝てないから』と脅して賃金を下げるのは、社会の利益にならない。そんな企業なら出ていってもらったほうが社会のため」と言う批判は痛快。日本が賃金を下げたら他の国も下げ…キリがない。生活を守るために際限なく我慢し続け、さらに生活を悪化させる社会なんて、変えなければなりません。変えるチャンスが来月末に訪れます。(渋)
(理論社YA新書・1300円+税)

北海道民医連新聞2008年7月23日号より
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Field-note 北の自然 ハエトリグモ

field-note 北の自然 ハエトリグモ

クモがクモの巣を張るのは、もちろんエサを捕るため。でも実は、全体の約半数は網を張らない徘徊性のタイプで、獲物を待たずに積極的に狩りに出かけます。巣を張るタイプのクモはあまり目が良くないため、外界の様子はもっばら振動に頼っていますが、徘徊性のクモたちは良い目を持っています。その中でも特に視力の良いのが写真のハエトリグモです。

色や形も識別できる大きな2つの目の他に、頭をぐるっと囲むように6つの小さな目がついています。この合わせて8つにもなる目のお陰でハエトリグモは360度視界が開けていて、素早く周りの情報をキャッチできるのです。私も横に立ったり真後ろに立ったりいろいろ試してみたのですが、どの位置に立ってもくるりと正面を向き、大きな目でじっとこちらを見ていました。

ハエトリグモはその名のごとく、ハエのような動きの速い虫をも捕まえることができるほど機敏なクモです。よく葉の上をジャンプしながら移動しているのを見かけますが、その様子はまるで忍者のようです。

北海道民医連新聞2009年7月9日号より
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新刊紹介 北の反戦地主 川瀬犯二の生涯 布施祐仁著

北の反戦地主 川瀬犯二の生涯
 素朴さと気高さと

日本平和委員会の機関紙「平和新聞」の編集長を務める筆者は、北大在学中から13年あまり矢臼別・川瀬氾二さんのもとへ通い続けました。その生涯をまとめようと足かけ2年にわたる聞き取りを終えた直後の昨年10月、川瀬さんは病に倒れ、今年4月、83年の生涯を終えました。

川瀬さん自身は自分のことを 「反戦地主」とは言わず、「矢臼別の住人」と自己紹介していました。声高に「反戦・平和」 を叫はなく、演習場のど真ん中で47年にわたってくらし続けたこと自体が、川瀬さんの 「平和運動」 でした。

生前、川瀬さんが書き残した色紙の中に「時速4kmの人生」 という言葉があります。80歳のお祝いの席でのあいさつでは 「自分の中に憲法9条が根付くまでに20年かかった」とも述べています。

厳しい自然の中で、自分たち家族のくらしを守ろうと、しっかりと着実に生き続けてきた川瀬さんの飾らない人生の一端を知ることができる1冊です。

今年、矢臼別平和盆おどりは45周年を迎えます。川瀬さんのいない、初めての平和盆おどりですが、この本を読んだあなた、ぜひ一度、矢臼別へ行ってみませんか。 (晃)
(高文研・1600円+税)

北海道民医連新聞2009年7月9日号より
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2009年08月03日

104歳の誕生日を自宅で

看護現場からの発信
看護現場からの発信 104歳の誕生日を自宅で

病棟で一番の長寿だったAさん (女性・104歳)は、2003年に腰椎圧迫骨折後のリハビリテーション目的で、私たちの病棟に入院しました。いつも笑顔で「ありがとう」と、手を合わせ感謝の言葉を口にしてくれます。喘息発作や肺炎を繰り返すため外出や外泊がほとんどできず、長期の入院となっていたAさんは、徐々に全身状態が悪化し、食事も十分にとれない状況になっていました。

私たちは、Aさんが今後、どのように過ごしていくのが良いかを、家族と何度も話し合いました。「苦痛を与えたくない」という家族の希望を尊重し、積極的な治療は行わず、自然に経過を見ていくことにしました。栄養は、調子の良い時に口にする少しの食事と、水分を補う程度の点滴です。時々は、目を開けて話すこともありましたが、徐々に寝て過ごす時間が多くなりました。

Aさんの様子を見ているうちに、家族は 「ひと口でもいいから、口から食べてほしい」「覚悟はあるけど、あきらめたくない」と涙ながらに話されました。「2月11日の104歳の誕生日を迎えさせてあげたい」という家族の気持ちを知り、病棟で 「長寿を祝う会」を開きました。さらにその想いに応えようと、「自宅での誕生日」という目標を家族と共有。患者参加型看護計画にとりくみ、外出の準備を進めました。同時に、誕生日を安心して過ごすための移動介助や、オムツ交換の方法などを、家族に指導しました。誕生日前日となった外出日に、プライマリーの新人看護師から 「風邪をひかないでね」とピンクの手作りマフラーがプレゼントされ、Aさんと家族、スタッフみんなで記念撮影をしました。普段、寝て過ごすことの多いAさんですが、スッキリと目を開けて笑顔で出発しました。

自宅では、赤飯やケーキでお祝いをしたそうです。Aさんは、お話をしたり愛猫に触れたりして過ごし、家族は「笑顔が見られたし、家に帰ることができてよかった。また外出させたいと思う」と話されました。

今年の3月、Aさんは静かに眠るように永眠されました。私たちは、Aさんの喜ぶ顔が見られたことと、家族の想いに応えて自宅への外出を実現できたことに、よろこびと看護のやりがいを感じています。今、病棟では、プライマリー看護師を中心に、患者参加型看護計画の取り組みを進めています。これからも、患者さん・家族に寄り添い、その人らしい生き方を援助していきたいと思います。

 勤医協西区病院2病棟 看護師  黒澤理穂

(勤医協新聞 2009年7月11日号より)
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不況の風はどこまでも・・・

オーティスあゆみアメリカ通信

先日シュワちゃん (シュワルツェネッガーカリフォルニア州知事) が州政府の借金が膨大で、借金返済案を5つはど提案しましたが、その案をたとえ5つとも実現したところで借金返済にはいたらないという記事が新聞に載っていました。

なので、あちらこちらで解雇、倒産、職員の労働時間削減、自主退職にはスーパーボーナス!などのニュースが聞こえてきます。今この時期、職を失って再就職のめどがなかなか立てられない状態なので、みんな静かに、首を切られないことを祈って働き続けている…というのが実情でしょうか。

ところでとても驚いたことですが、この影響は大学にまで及んでいます。というのも、卒業しても就職場所が見つからないため、大学にそのまま残る生徒が増え始めました。すると大学側では生徒の数が増えてしまうので、新しく入ってくる新入生を規制するしかありません。高校卒業して念願の大学に入ろうと折角努力したのに、入学枠が狭められて入学できない生徒が増えつつあるといいます。

さらにサンタローザのジュニアカレッジでは州からのサポートが大幅に削減されようとしていて、それが実現されると生徒の少ないクラスが閉鎖されます。すると、今ボランティアで老人ホームに音楽演奏などに来ていてくれているジュニアカレッジのクラスがなくなってしまい、老人ホームヘのボランティアもなくなるということにつながっています。

先日サンタローザで市職員の募集がありましたが、2名枠のところになんと、150人ほどの希望者が集まったそうです。ここから選ばれた人は相当な幸運の持ち主に違いありません。

(北海道民医連新聞2009年7月23日号より)

2009年08月02日

キューバの医療

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 札幌病院の細川誉至雄副院長がキューバ政府からの要請で今年3月にキューバを訪問しました。日本キューバ科学技術交流委員会が主催した企画で、先生を含め日本から5人の呼吸科医(内科3、外科2)が参加し、肺がんの診断法や治療について交流しました。(2回に渡って掲載します)

■北海道とキューバの比較

 キューバはカリブ海に浮かぶ最大の細長い島国です。米国からもフロリダ半島から約145km (札幌と富良野くらいの距離) と近い位置にあります。

 キューバと北海道を比べてみましょう。面積は北海道の約1.4倍、人口は約1100万人で、北海道の2倍。首都ハバナには220万人と人口の約5分の1が住んでいます。北海道も札幌に人口が集中しており似たところがありますが、キューバは暖かい国で、パンなどの生活必需品は配給されますので餓死することはありません。1年中温暖な気候のため凍死することもありません。沖縄の人が同じ時期に行くとやや涼しい、と感じるそうで1年中過ごしやすい気候のようです。

キューバと北海道の比較

■「シッコ」でも紹介された

キューバの医療については2007年に上映されたマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」によってアメリカの悲惨な医療制度と比較する形で紹介され、また昨年はマスコミでもたびたび報道されたためキューバ医療を知った方もいるかと思いますが、私の体験を紹介したいと思います。

 キューバではがんで亡くなる方が増えており、特に肺がんで亡くなる方がかなりの割合を占めています。私は今回INOR(キューバ腫瘍学・放射線生物学研究所)を訪問し、呼吸器疾患・胸部外科専門医らと2日間、回診やカンファランス、手術に立ち会ってきました。もう1日はポリクリニコ(総合診療所)を見学し、身体障害者施設も訪問しました。ファミリードクターの診療所見学も予定していましたが時間がなく残念ながら見学できませんでした。

■教育や医療は無料

 フィデル・カストロ率いる革命軍が社会主義国家を建設して以来、教育や医療に力を入れてきました。

 キューバでは 「貧しい国民として生きるけれども金持ちの国の国民のように死ぬ」と言われています。国民1人当たりの所得は日本の10分の1程度ですが、平均寿命は米国と同じくらいで、死因は心臓病やがんが多く先進国と大差ありません。しかし、大きな違いは教育や医療は無料で受けることができるということです。簡単に説明すると、病院にかかるのに保険証はいらない、会計もなしです。薬代だけは安いですが少しかかるそうです。そしてさらに注目すべきことは、どんな田舎であっても約800人前後の人口に対し1人の医師(人口比世界1位)と1人の看護師が配置され住民の健康管理が行われていることです。医療水準もWHOの評価によれば先進国並に高く評価されています。

■キューバの医療制度

 キューバ医療の基盤はファミリードクター制(日本では開業医がこの役割を担っているが) で1984年に始まったシステムです。住民約800人当たり一人の医師が配置され、そこに住んで、午前は診療、午後は往診し主に予防を中心として医療活動をしています。その上にポリクリニコ(総合診療所)が約500、さらにその上にホスピタル(総合病院)が213あり、それぞれのレベルに応じてより高度な医療を受け持っています。がんや心臓移植などの高度先端医療は14ある研究所で対応しています。私たちが訪問したINORはがん治療の専門病院です。日本で言えば築地の国立がんセンターに相当します。キューバ厚生省もがん対策がキューバの健康問題の最重要課題と位置づけています。私たちがINORに呼ばれたのはそんな理由からです。
(8月号につづく)

北海道勤医協友の会新聞 2009年7月1日号より

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 INOR(キューバ腫癌学・放射線生物学研究所)には全国から肺がん患者が紹介されてきます。しかし、その多くはすでに進行しており、手遅れとなってしまう場合がほとんどです。キューバでは肺がんについては、検診制度がないため発見が遅れてしまうのが原因だと思います。前回は進んだ医療制度について紹介しましたが、今回はキューバ医療が抱えている問題などを紹介します。 (7月号のつづき)

■熱心な医師たち

 INORは胸腔鏡手術(カメラを使っての手術)を本格的に導入するため、私たちに技術指導を依頼してきました。初日は病棟回診と患者さんの検討会議、そして翌日に、ドイツから届いたばかりの新しい胸腔鏡を使って患者さんの検査の実演後、日本から派遣された呼吸器科医師5名が講演を行いました。

 私が与えられたテーマは「日本での進行肺がんに対する手術術式」 でした。日本の学会で好評でしたので、勤医協で行ってきた手術を主にビデオを使用して紹介しました。説明するにあたってキューバでの医療技術レベルがわからなかったので心配でしたが、50名以上のキューバ人医師(みな比較的若く、女性も多い) が熱心に聞いてくれ、講演終了後には、スペイン語で次つぎと質問され大変でしたが、通訳(日本で研究中のキューバ人女性で、この日のためにキューバに呼び戻された) が日本語で瞬時に伝えてくれたので助かりました。

■経済封鎖による医療への影響

 キューバは米国による経済封鎖のため十分な医療器具が整備されておらず、私たちが様ざまな医療器材を使用して行っている手術を、行いたくてもできないのが実情です。今でも勤医協で30年前に使っていた医療機器や、手術用の糸もすべりが悪い使用しっらいものが使われていました。

 レントゲンフイルムも一枚一枚現像液に浸して現像しています。これも日本では25年以上前に行われていた方法です。よって現像されたレントゲンの画質は非常に悪く、早期の肺がんを見つけることは容易ではありません。しかし、そのような環境でもINORでは多くの肺がん手術が安全に行われており、高度な医療技術があると感じました。ファミリードクター制などの医療制度やワクチンの開発、予防医学、先端医療では高い評価を受けているキューバ医療ですが、肺がんの問題だけを見ても多くの課題を抱えています。しかし、課題を解決するための意欲と熱意は大変高いと感じました。アメリカの経済封鎖が解除されれば日本の医療の水準にすぐ追いついてくるという印象をうけました。

■収入よりも理想を

 INORの医師の給料は20ドル(約2千円)くらいで、一般の人より少し高い程度です。医師はキューバではなりたい職業のひとつとなっているそうです。それはキューバ人は高い収入より社会的に尊敬されることを大事にすることが理由のようです。キューバ人は長い間、奴隷を強いられ、解放された後もスペインや米国の植民地として支配されていました。自由で平等な祖国を築くために戦い死んだホセマルティはキューバのみならず中南米の英雄です。彼の「人間を大切に」との思想がキューバの教育・医療に今も生き続けていることをあらためて感じました。

 必ずしも高度な医療が受けられるわけではないなど問題はありますが、貧しくても分かち合い助け合うというキューバ人の思いやり・助け合いの精神を学びました。

■私たちがめざす医療

 昨年末からの金融危機で、世界中は暗い話ばかりです。米国では、家を失い、失業によりテント生活者が急増しているそうです。日本も「年越し派遣村」に見られるように経済危機による困窮者は急増し、病院にかかれない患者さんが増えています。

 私たちが加盟する民医連は戦前から 「誰もが、いつでも、どこでも」良い医療を受けられることをめざしてきた医療機関の団体です。今も個室料金は取らない、医療費が払えない状況の患者さんに対し無料・低額診療を推進しています。キューバは民医連が目指している医療を実践している国ではないかと思いました。

 友の会の皆さんとともに安心して医療が受けられる地域づくりができることを願っています。

キューバの子どもたちは「国の宝」

(北海道勤医協友の会新聞 2009年8月1日号より)




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